一日で巡るソウルの古宮巡礼
ひときわ晴れた夏の朝、ふとソウルの宮殿を一日で全部見てみたいという思いに駆られた。毎日通る場所だが、決意して訪ねたのはいつだっただろうか。少しの胸の高鳴りを抱いて家を出た。宮殿ツアーの出発点として、動線が楽な安国駅を選んだのは的確な選択だった。

最初の目的地はユネスコ世界文化遺産である昌徳宮。しかし、切符売り場の入り口を探すのに少し迷った。道を尋ねようと見回すと、すべて外国人観光客ばかり。韓国人の私が道を尋ねるのが気恥ずかしくて躊躇しているうちに、長く連なった列を見て「ああ、あそこか」と直感した。早朝から歴史の現場を訪れた人々の熱気が熱かった。


景福宮、昌徳宮、昌慶宮、徳寿宮、宗廟をすべて見ることができる統合観覧券を購入した。壬辰倭乱で景福宮が焼失した後、朝鮮の王たちが最も長く滞在した昌徳宮は、自然の地形をそのまま生かした建築美が際立つ。華やかさよりも自然との調和を重視した先祖たちの美意識が感じられるようだった。特に王の休息所だった後苑は「秘密の花園」と呼ばれるほど美しいというので、別途チケットを買って入る価値は十分にあった。

昌徳宮と隣接する昌慶宮へ足を移した。二つの宮を結ぶ、趣のある森の道は、まるで王が出勤していた道を歩いているような気分にさせてくれた。昌慶宮は元々、太宗が上王である父のために建てた宮で、孝心から生まれた空間だ。日帝強占期には動物園や植物園が入るという悲しみも経験したが、今は本来の姿を取り戻し、静かな休息所となっている。丘の上から見下ろす宮殿の全景の向こうに、現代的なソウル都心の風景が重なって見える姿が、妙な感慨を呼び起こした。


宮殿を出て宗廟へ向かう途中、古風な韓屋の大門の前に置かれた宅配便の包みが目に留まった。時代を超えた風景に思わず笑みがこぼれた。「朝鮮時代にもロケット配送は我慢できなかっただろう。」という、突拍子もない想像をしながら歩いていると、いつの間にか宗廟に着いた。

宗廟は朝鮮王朝の歴代の王と王妃の位牌を祀り、祭祀を行う祠堂だ。華やかな宮殿とは異なり、厳粛で節制された美しさが空間を満たしている。果てしなく広がるごつごつした敷石を見つめながら、この道を作るためにどれほど多くの人々の汗が染み込んだことだろうかと考えた。長く連なる回廊を歩いている間、荘厳な沈黙の中で歴史の重みがそのまま伝わってきた。

宗廟まで見終えると、すでに半分を見たことになる。その時になって初めて朝食を抜いたことを思い出した。急に襲ってくる空腹と暑さにめまいがした。しかし、旅行に来た気分のおかげか、この空腹さえも悠然と感じられた。「景福宮へ行く途中で、何か見える店に入ろう。」そう決意して歩き出した。
結局、空腹に勝てず、光化門駅近くのパリバケットに入った。店を選ぶ余裕もなく、看板が見えるとすぐさま吸い込まれるように入った。観光地店だからか、値段は少し高めだったが、具材がぎっしり詰まったパンと冷たい sujeonggwa(伝統飲料)のおかげで、すぐに元気を取り戻すことができた。しっかり腹ごしらえをして、再び外に出た。

光化門広場に立つと、まず慈愛に満ちた世宗大王の銅像が目に飛び込んできた。その後ろには、朝鮮の法宮だった景福宮の正門、光化門が雄大な姿を誇っていた。数々の外敵と歴史の渦の中でも、しっかりとその場を守り続けてきた光化門は、その存在だけで重厚な感動を与えた。



最後の目的地は、大韓帝国の皇宮だった徳寿宮。高宗がアグンパチョン(露館播遷)の後、還宮して滞在したここには、伝統的な木造建築と西洋式の石造建築が共存する独特な風景が広がっている。国の主権を守ろうと努力した高宗の苦悩が染み込んだ場所だと思うと、胸が痛んだ。中和殿の華やかな丹青を目に焼き付けながら、短い宮殿巡礼の最後を飾った。

徳寿宮を出て市庁駅へ向かいながら、詰まっていた一日を振り返った。家に帰りシャワーを終え、ベッドに横になると、ようやく本当の旅が終わった気分だった。もしかしたら、この安らぎと安心感を感じるために、あえて見知らぬ場所へ旅に出るのかもしれない。慣れ親しんだ空間の大切さを改めて気づかせてくれた、充実した一日だった。